ヤドカリ

 ─エピローグ─

 二人が再会したのは全くの偶然だった。慌しく人が行きかう街中、とあるファーストフード店でのことだ。

「「あ」」

 数年ぶりに出会った二人はそろって顔を見合わせ、声を上げる。

「「久しぶり」」

 第一声に続き、二言目も見事に重なり、くすくすと笑い合う。

「ここ良い?」
「うん。どうぞ」

 二人は同じテーブルに着き、互いに近況を報告し合った。その後、遥はニヤリと笑う。

「で、最近葵はどうなのよ」
「どうって?」
「相変わらずただれた性生活を送ってらっしゃるんですか?」

 唐突でいかにも下世話な問いに葵は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになって咳き込んだ。

「どういう質問だよ! まっとうなお付き合いをしてますよ」
「へえ。意外」

 言ってコーヒーを啜る遥に葵は溜息を漏らす。

「あんたの中で私はどんなイメージなのよ」
「誰とでも簡単に寝る軽い女?」

 笑いながらそう言う遥に葵は眉をひそめる。

「うわあ……。まあ、確かにあんたにはそういう風に見られるようにしてたけど」
「違うの?」
「一応、あの頃私は遥のことちゃんと好きだったんだよ。絶対知られたくなかったけど!」

 葵はそう言うとバツが悪そうに視線を窓の外に移し、コーヒーを口に含む。いかにも意外と言う体で遥は目を見張った。

「え? 何それ? そうだったの?」
「そうですよー。誰かさんにとっては繋ぎでしかなかったんでしょうけど」

 葵は苦々しく笑って、そう皮肉る。

「え。私もかなり本気だったんですけど」

 今度は葵が目を見張る番だった。

「は? さっさと次の人見つけてたじゃん」
「あー、あれはほら。もしかして妬いてくれたりするかなー、とカマ掛けてみた」
「うわあ、うざいわあ。あの頃のピュアだった私の心の傷をどうしてくれるのさ」
「誰がピュアだったのよ」

 数年越しに明かされた互いの本音に、当時を思い出してひとしきり笑うと、葵の携帯が鳴った。「ちょっと失礼」と携帯を覗く葵に遥が尋ねる

「メール?」
「うん。恋人から」
「お。今の宿主ですか」

 あの頃を髣髴とさせる単語でからかう遥に葵は苦笑する。

「宿主って言うな」

 メールを打ち始めた葵に遥は口元を緩めながら更に続ける。

「いつまでご滞在ですか?」
「あんた、本当……。まあ、一応永住できればいいなと思ってはいるよ」
「おー。それはご馳走様」

 遥の言葉に呆れながらも恋人とのことを話す葵の表情は幸せに満ちていて、遥はニヤニヤとそれを眺めていた。パタンと携帯を閉じ、鞄にしまうと葵は席を立つ。

「じゃ、そろそろ」
「うん、元気で」
「遥も元気で」

 手を振り立ち去った葵の後ろ姿が人込みに消えていくと、入れ替わるように遥の待ち人がやってきた。その姿を見つけた遥の表情はパッと華やいだのだった。


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