印象

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第一印象。物事や人に接したときに初めて受ける印象。

小夜子が周囲に抱かせるそれは、大体が「真面目そう」というものがほとんどだった。実際、小夜子は神経質と言っていいほど物事を規則通りに進めたい性質だったし、頼まれたことはきちんとこなさなければ気がすまないのだから、それは間違ってはいない。

けれど、それゆえに様々な仕事を任されることが多いのにはうんざりしていた。

「水野さんがいいと思います」

新学期。新たな面々の顔と名前が一致し始めた春のこと。各種委員を決めるに当たって、まずはクラス委員長をということだった。手を挙げた一人の女子生徒が小夜子の名前を挙げると、その他の級友までもがそれに同意し始める。驚いた顔をしてみたものの、小夜子の心中には「またか」という言葉が浮かんでいた。壇上に立った担任の教師は、他に推薦したい人が居ないかを確認したあと、小夜子に向き直る。

「水野さん、お願いしてもいいですか?」

教師は小夜子が昨年もその職を任されていたことを知っているのだろう。特に問題に思う様子もなく簡単に尋ねてくる。本当ならば断りたかった。けれど、期待のこもった視線が自分に集中している中でそんなことはできなかったし、小夜子自身も毎年のことで慣れてしまっていた。

「はい。私でよければ」

溜息の代わりに照れ笑いを貼り付けて小夜子が返答すると、教師は「じゃあ、お願いね」と言って壇上から降りる。ここからは小夜子が進行をしろということだ。教師に議事を確認してから壇上に上がり、段取りよく進めていくと、チャイムが鳴るより早く全ての委員が決まった。

教師はその決まった委員の名前を用紙に書き込むと、また壇上に上がる。

「はい、ご苦労様。さすが水野さんね。こんなに早く決まるとは思わなかったわ」
「いえ、そんなことないです。みんなが協力してくれたからですよ」

型通りに謙遜をして小夜子が自分の席に向かうと、途中、前年も同じクラスだった幸代に小さな声で「さすが小夜子」と声をかけられた。それに曖昧な笑いを返して席に着く。

「それではこの時間はこれで終わりますが、他のクラスはまだ授業中ですから、チャイムが鳴るまでは教室から出ないように」

教師はそう言って教室を後にする。途端にざわめき始める室内。隣の席同士で話したり、席を立って一つの場所に集まったり。女子ばかりの教室は控えめではあるものの、甲高い声で満たされた。

小夜子も例に漏れず、幸代や隣の席の真紀子と次の授業のことを話し始めていた。
と、がらりと扉が開けられる音がした。小夜子がその音につられてそちらを見ると、一人の生徒が出て行くところだった。

あ、と思ったものの声をかける間もなく扉は閉められ、その生徒は行ってしまった。

「チャイムが鳴るまでは教室から出ないでって言われたのに」

小夜子は眉をひそめて閉じられた扉を見ていた。

「ああ、きっと高橋さんでしょ。あの人はそういう人だから、気にするだけ無駄だよ」

ちらりと扉の方を見て、それから教室を見渡してから真紀子が言った。言いながらぷらぷらと手を揺らす。

「真紀ちゃん、去年一緒のクラスだったんだっけ?」

そこに幸代が尋ねる。

「そう。でも、あんまり話したことないんだよね。行事とかめったに参加しないし、授業も出たり出なかったりで、休み時間もどっか行っちゃうし」
「それで先生に怒られたりしないの?」

今度は小夜子が尋ねる番だ。

「そりゃ怒られるに決まってるじゃない。でも全然堪えないみたいでさ。先生たちもあきらめてるんじゃないのかな」

驚いた。小夜子には全く理解ができないことだった。幼い頃から人に迷惑をかけるなとしつけられ、それが規律を重んじることと等号符で結ばれ、何よりも大人たちにしかられるようなことを避けてきた小夜子。誰に小言を言われようとも気に留めない人物は、自分の世界とはかけ離れたものに感じられた。それが同じ学校、同じクラスという自分の世界ともっとも近いところに存在する違和感。

「へえ。この学校にも不良みたいな人がいたんだね」
「いや、不良って感じではないんだけどね。なにか悪さをしたって話は聞かないし、成績もまあまあいいみたいだし」
「そうなの?」
「だから先生たちも小言を言うくらいで済んでるんだよ」

幸代と真紀子の会話を聞きながら、小夜子はもう一度閉じられた扉を見た。堂々と背筋を伸ばした綺麗な姿勢で、なんでもないことのように出て行った彼女は、確かに不良という名称は似合わなかった。その淀みない動作はどこか気高さすら感じさせた。

気にして見てみると、この高橋涼子という生徒は、小夜子以外の級友にとってもイレギュラーな存在らしく、皆その行動を意識しているようだった。大半は規則を守らない困った人という目で見ているようだったが、中には教師の叱責にも悪びれないその態度に憧れのようなものを抱いている者もいるようで、クラスのまとめ役を仰せつかった小夜子としては頭の痛いところであった。
けれど、彼女に憧憬の念を抱く輩ですらも話しかけることはしない。切れ長の目が印象的な美人というのも関係あるのだろうか。彼女のまとう一種異様なオーラは、周囲の人間に気安く話しかけることを躊躇わせた。

孤立というよりは孤高という言葉が似合う。小夜子はそう思った。

そんな人物に自分が小言を言わなければならない場面が来る可能性を思うと、頭を抱えたくなった小夜子だったが、実際にはそういう場面は訪れなかった。大概が小夜子が声をかける隙もなくふらりといなくなってしまうし、教師も彼女が授業に出ていなくとも、溜息をつくだけで小夜子にとばっちりを食わせることはしなかったからだ。
その状況に小夜子は心底安堵した。自分の理解の範疇に収まらない高橋涼子。

できることなら彼女とは係わり合いになりたくない。それが小夜子が抱いた高橋涼子への第一印象だった。

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