こたつ

 何の前触れもなく開け放たれたドアから顔を出したのは、彼女だった。ドアに近い方の肩に冷気が触れる。
「うへえ、さぶいさぶい。あ、こたつ出してる」

 その姿を確認してから、私は手元の漫画に視線を戻す。

「早くドア閉めて。寒い」
「はいはい」

 ドアが閉まる音。そして足元の温度が下がる。寝転がって伸ばしていた足に何かがぶつかったから横にずらす。

「いやあ、めっきり寒くなりましたな」
「そうね」
「人肌恋しい季節の到来ですな」
「知らんけど。まあ、そうなんでしょ、あんたの中では」
「うん、そうなのだよ。私の中では」

 それから何も言わずに漫画を読み続けていると、彼女は向こう側でなにやらごそごそし始める。鬱陶しい。それでも構わずに漫画を読んでいると、「えい」という彼女の声とともに、こたつの中の私の足に何か冷たいものがぴとりと張り付く。

 ぞくりと肌が粟立つ。と同時に腹が立つ。彼女は私のジーンズと靴下のわずかな隙間を狙って冷たい足をくっつけてきたのだ。
 無言のままこれでもかというほどその足をかかとで蹴り飛ばす。

「痛い! ごめん! ごめんって!」
「あんた、一体外で何してきたのさ? なんでこんなに足冷たいの?」
「えー? 別にー。普通に学校行った帰りに小一時間ほど街を当てどなくさまよっていただけですよー」
「普通じゃないし」

 これ見よがしに盛大に溜息をついてから、またうつぶせになって漫画を読む。まったく。今、ふみちゃんが切ないところだというのにこいつのおかげで台無しだ。

「ねえねえ、そこはさー、街で何してきたのとか訊くところじゃないの? 会話! ねえ、会話をプリーズ!」
「今、いいところなんだから黙って。フリーズ」

 それでしばらくぶつぶつ言った後、ようやく大人しくなった。
 と、思ったのも束の間。またごそごそしだす。盛大な溜息。そろそろ追い出してもいい頃合いかもしれない。

「ちょっと……」

 と声を掛けようとした瞬間。

「ばあっ!」
「ぬおっ!」

 こたつ布団を突き抜けて、私のすぐ横から現れた彼女の顔。思わず叫んでしまった。悔しい。

「えー」

 悔しいのはこちらの方なのに、何故か彼女が眉をひそめている。

「何」
「そこはさぁ、もっとさぁ、かわいらしく『きゃっ』とか言うんじゃないの? 『ぬおっ』って、ねえ『ぬおっ』ってさぁ。がっかりだよ。失望した」
「貴様、人の読書タイムを妨害しておきながら、言うことはそれか。なんなの、さっきから」

 反撃する気も失せて、溜息混じりに言う。布団から顔だけ出していた彼女は、ごそごそと這い出て私の肩に彼女のそれをくっつける。

「言ったでしょ。人肌恋しい季節なんですよ」
「あー……。うざっ」
「酷い! うざいって人を傷つける言葉なんだよ! 小学校で言われたでしょ?!」
「うぜえ」
「また! いいよいいよ、言うがいいさ。それが照れ隠しだってことはわかってるんだよ!」
「……まあ、そうなんでしょ。あんたの中では」
「うん、そうなのだよ。私の中では」

 へへへと笑った彼女が、そのまま手を伸ばして置いてあった漫画を読み始めたから、私も続きを読むことにした。くっついた肩から彼女の体温が伝わってくる。しかし狭い。が、人肌も、まぁ、悪くないはないから、そのままでいた。

 終


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