麻疹(はしか)

 麻疹みたいなものだったのだ。

 中学の頃、とても好きな人がいた。初恋だったと思う。

 とてもとても好きで、だけどとてもじゃないが伝えられなかった。大好きだったその人は、とても頭が良く、とても足が速く、とても人望があった。そしてとても可愛らしい少女だった。頭が良いとも言えず、足が速いとも言えず、人望があるとも言えず、可愛らしいとも言えない少女だった私とは、何故か随分仲が良かった。近くで見る彼女の表情、声、仕草、心遣い。それらに随分と胸をときめかせたものだった。

 けれど野球部のナントカ君がかっこいいだの、バスケ部の何某君が素敵だのと騒ぐ友人たちの中で、私はひとり異質だった。皆と違うことが排除の理由となりうる思春期の対人関係の中で、それは誰にも知られてはならない秘密となった。私の中の秘密は誰に知られることも無く、私にすら否定され、それでもぶくぶくと太り続けた。結局、太りきった秘密は伝えられることはなく、卒業を迎えた。

 それ以来会っていなかったその人に、五年ぶりに会った。

 五年分大人になった彼女は想像以上に綺麗になっていた。五年ぶりの集結に沸く大人になった同級生たちの中にあって、ひとり異彩を放っていた。そんな彼女とは違う年月が過ぎたようで、私は五年経ってもいまいちで、同級生たちの中で埋もれていた。けれど、彼女は私を見つけるなり歩み寄り、喜色を浮かべていた。その表情、声、仕草、心遣いはかつての彼女の面影を残しながらも、五年分洗練されていた。

 美しいと思った。素敵だとも。
 けれど私の胸はときめかなかった。

 誰でも一度はかかり、いつしか時とともに元に戻っていく。私の彼女に対する想いは麻疹のようなものだったのだ。

 そんな話をした。
 土産物の饅頭を頬張る目の前の人物は、興味なさそうに「ふうん」と言った。そしてお茶をすする。

「でもさ、麻疹って最近じゃ誰でもかかる病気じゃないよね。何年か前に流行ったときに大騒ぎになったぐらいだし」
「まあ、そうだね」
「しかもその言葉のニュアンスだと軽そうだけど、実際はかかると大変らしいじゃない。よく知らないけど」
「そうなの?」
「妊婦さんがかかると流産するとか何とかって聞いたけど」
「へえ、そら大変だ」
「そう考えるとさ、なんで麻疹に例えられるのか不思議じゃない? おたふく風邪でも良さそうなものなのに。おたふく風邪のほうが症状は軽いでしょ」

 私の初恋話がいつのまにおたふく風邪の話になってしまったのか。自身がおたふく風邪にかかったときの顔の膨れ方を表現する彼女を見て笑う。

 そこそこに頭が良く、そこそこに足も速く、そこそこに人望もあり、そこそこに可愛らしい、けれど私をとてつもなく惹き付ける私の恋人。

 この人に対する想いも、何年か後には『麻疹のようなもの』として片付けるのだろうか。

 いや、麻疹は一度かかったらもうかからないのだったか。
 他に例えるものを探したが、饅頭を頬に貼り付けている恋人を見ていたら馬鹿馬鹿しくなってやめた。  

  終


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